ある朝、隣に住む、奥さんの静かな嗚咽が、薄い壁を通して、私の部屋まで聞こえてきました。長年、病と闘ってこられたご主人が、昨夜、静かに息を引き取られた、とのことでした。悲しみにくれる暇もなく、お通夜と葬儀の準備が始まり、その日の午後、奥さんが、憔悴しきった顔で、私の家のチャイムを鳴らしました。「厚かましいお願いで、本当に申し訳ないのだけれど…」。奥さんは、深々と頭を下げ、明日の葬儀の間、家の留守番をお願いできないだろうか、と、震える声でおっしゃいました。もちろん、私に、断る理由など、あろうはずもありませんでした。翌日の朝、私は、奥さんから預かった鍵で、隣の家のドアを開けました。シン、と静まり返った家の中には、まだ、ご主人の穏やかな気配が、満ちているような気がしました。私は、居間のソファに静かに腰を下ろし、ただ、窓の外を流れる雲を、ぼんやりと眺めていました。時折、電話のベルが、静寂を破りました。遠い親戚からの、お悔やみの電話でした。私は、奥さんから教えられた通り、丁寧にお礼を述べ、用件をメモに取りました。昼過ぎには、町内会の班長さんが、弔問に訪れました。玄関先で、香典を丁重にお預かりし、深く頭を下げました。私の役割は、それだけでした。しかし、その静かな時間の中で、私は、多くのことを考えていました。いつも、庭先で会うと、「良い天気ですね」と、はにかむように笑ったご主人の顔。病気が進行してからも、弱音一つ吐かず、最後まで奥さんを気遣っていたという、その優しさ。私は、この家を、ただ物理的に守っているだけではない。私は、この家に満ちている、ご主人が生きた証、そして、残された奥さんの、深い悲しみの空間を、そっと、見守っているのだ。そんな、不思議な感覚に包まれました。夕方、葬儀を終えた奥さんが、泣き腫らした目で、帰ってきました。「ありがとう。本当に、助かったわ」。そう言って、何度も頭を下げる奥さんに、私は、温かいお茶を淹れて、差し上げました。それは、私にできる、精一杯の、弔いの形でした。