それは、冷たい空気が肌を刺す、冬の夜のことでした。学生時代、誰よりも私を可愛がってくれたサークルの先輩の、あまりにも突然の訃報。私は、仕事帰りの雑踏の中、慣れない手つきで黒いネクタイを締め直し、都心のセレモニーホールへと向かいました。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った夜の斎場は、独特の、厳かで、そしてどこか神聖な空気に満ちていました。会場の中では、静かな読経の声が響き渡り、白檀の香りが、心を鎮めてくれるようでした。私は、列の最後に並び、順番を待って、先輩の遺影の前に進み出ました。写真の中の先輩は、いつもと変わらない、人懐っこい笑顔を浮かべていました。その笑顔を見つめながら、震える手で抹香をつまみ、香炉にくべました。立ち上る一筋の煙が、私の祈りを、先輩の元へと運んでくれるような気がしました。儀式が終わり、通夜振る舞いの席に案内されました。そこでは、久しぶりに会うサークルの仲間たちが、皆、少しだけ大人びた顔で、静かに杯を傾けていました。誰からともなく、先輩との思い出話が始まりました。新入生だった私に、最初に声をかけてくれたこと。徹夜で学園祭の準備をしたこと。くだらないことで、腹を抱えて笑い合ったこと。語られる一つ一つのエピソードが、まるで昨日のことのように、鮮やかに蘇ってきます。夜という時間は、不思議な力を持っていました。それは、私たちの心を、日常の鎧から解き放ち、素直で、感傷的なものにしてくれます。昼間の葬儀であったなら、きっと、ここまで心の内を語り合うことはできなかったかもしれません。静かな夜の闇と、会場を照らす柔らかな灯りの中で、私たちは、故人という一つの光を中心に、再び心を一つにしていました。それは、ただ悲しみにくれるだけの時間ではなく、先輩が私たちに残してくれた、温かい絆の記憶を、皆で再確認するための、かけがえのない、聖なる夜となりました。