ここ数年、特に都心部で行われる通夜の風景において、上着を着用せずに参列する人の割合が目に見えて増えてきました。この現象は、単なるマナーの簡略化という言葉だけでは片付けられない、社会全体の構造的な変化を反映しています。第一の理由は、日本政府が進めてきた「クールビズ」の定着です。5月から9月にかけてのビジネスシーンにおいて、ノーネクタイ・ノージャケットが一般的になったことで、葬儀の場においても「暑い時は脱いでも良い」という意識が自然に芽生えたと言えます。第二の理由は、葬儀の形態そのものが、大人数が集まる大規模なものから、家族葬や1日葬といった小規模なものへと移行している点です。気心の知れた間柄であれば、形式よりも参列者の負担を軽減したいという喪主側の配慮が働きやすくなります。しかし、この「上着なし」のスタイルが完全に市民権を得たかと言えば、まだ議論の余地があります。地方都市や、伝統的な格式を重んじる旧家での葬儀では、依然として上着の着用は絶対的なマナーとして存在しており、上着なしで現れた参列者が親族から厳しい目で見られるケースも少なくありません。また、SNSやネット掲示板などでは、こうしたマナーの是非について激しい議論が交わされることもあります。「故人への敬意があれば服装は関係ない」という合理主義的な意見と、「形を整えることこそが敬意の表れである」という伝統主義的な意見の対立です。現実的な着地点としては、やはり「基本は上着を持参し、状況に応じて脱ぐ」という二段構えの対応が、最もトラブルを避けられる方法でしょう。斎場の入り口までは上着を脱いでいても、受付を通る時や祭壇の前に立つ時だけは着用するという「けじめ」をつけることで、どのような価値観を持つ人からも批判されることなく、円滑に参列を終えることができます。マナーは固定されたものではなく、人々の合意によって常に更新されていくものですが、その過渡期にある現在は、周囲への細やかな配慮がこれまで以上に求められているのかもしれません。